博多めんたいロックの系譜と魂:なぜ福岡のロッカーたちはスクリーンへ吸い寄せられるのか

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日本全国の音楽史を振り返ったとき、独自の強烈なアイデンティティと圧倒的な熱量を放ってきたローカルムーブメントの一つに「博多めんたいロック」がある。1970年代から80年代にかけて、九州・福岡の地から日本のロックシーンに殴り込みをかけたこの血統は、単なる音楽の枠にとどまらない強烈な個性を生み出し続けてきた。そして実に興味深いことに、この博多めんたいロックの系譜に連なる男たちは、なぜかミュージシャンとしてだけでなく、のちに役者として銀幕やテレビ画面へ進出し、圧倒的な存在感を放つ者が極めて多いという特徴を持っている。

今回は、この博多めんたいロックの歴史と系譜を、独自の視点と定義に基づいて徹底的に紐解いていこう。

博多めんたいロックの定義と、元祖としての武田鉄矢

そもそも「博多めんたいロック」とは何か。一般的には、サンハウスやルースターズ、モッズといった硬派で無骨なバンド群が繰り広げた、ブルースやパンクを根底に持つストレートで泥臭いロックサウンドの総称として語られることが多い。

しかし、歴史の解釈をさらに深掘りするならば、定義する博多めんたいロックの初代、そのルーツの最遠に位置するのは、今や国民的俳優・タレントとして知られる「武田鉄矢」にほかならない。世間一般には「海援隊のボーカルで俳優」という認識が定着しており、彼らが元祖バンドマンであったことを知る者は意外と少ない。

海援隊は、厳密な意味ではいわゆるハードなロックバンドではなかったかもしれないが、だからといって単なるフォークグループに分類するのもどこかしっくりこない。今風の言葉で表現するならば、ジャンルの枠を超越したミクスチャー的であり、かつ独特のメッセージ性を持った「ジャンル不詳の先駆甚至是バンド」であったと言える。その独自のスタンスと反骨精神こそが、のちの博多ロックシーンへと確実に受け継がれていったのである。

ちなみに、世間を席巻したチェッカーズも博多出身のバンドとして名を馳せたが、圧倒的なルックスとアイドル的人気を誇ったがゆえに、硬派なロックの文脈から語るには少し違う。彼らは偉大なエンターテイナーであり、純然たる「ロック」という枠組みとはまた異なる輝きを放っていたのだ。

百聞は一見に如かず、まずはその原点に触れてみてほしい。自動再生はされない設定にしてあるため、落ち着いて再生ボタンを押し、当時の空気感を確認してみるといい。

2代目・サンハウス(SONHOUSE)とシーナ&ロケッツの系譜

定義における博多めんたいロックの2代目は、めんたいロックの祖とされる伝説のバンド「サンハウス(SONHOUSE)」である。伝説のギタリスト・鮎川誠らを輩出したこのバンドは、日本の音楽シーンにブルースロックの泥臭さと圧倒的なエネルギーを持ち込んだ。

無骨でありながら計算された鋭いギターサウンドと、聴く者の心を抉るようなブルースの原風景は、のちの福岡のロッカーたちに計り知れない影響を与えた。サンハウスの解散後、鮎川誠が妻のシーナとともに1978年に結成した「シーナ&ロケッツ(SHEENA & THE ROKKETS)」は、博多ロックの爆発的なエネルギーを全国区へと押し上げる決定打となった。単なる流行り廃りではなく、日本のロックの根幹に太い杭を打ち込んだ彼らの存在なくして、博多めんたいロックの歴史は語ることはできない。

その強烈な疾走感と唯一無二のロックンロールのビートは、以下の映像から体感することができる。

3代目・ザ・ルースターズ(THE ROOSTERS / THE ROOSTERZ):BOØWYたちへ受け継がれた遺伝子

3代目に位置づけられるのは、圧倒的な鋭いビートと独自のグルーヴでシーンの最前線を駆け抜けた「ザ・ルースターズ(THE ROOSTERS / THE ROOSTERZ)」である。

彼らが放つサウンドは、タイトでありながら聴き手を圧倒する猛烈なドライヴ感を持っており、日本のパンク・ニューウェイヴシーンにおいて異彩を放った。無駄な飾りをすべて削ぎ落としたソリッドな楽曲群は、時代や流行の移り変わりを超えて、今なお多くの音楽ファンの耳を釘付けにし続けている。また、世代的にはのちに日本のロックシーンの頂点を極めるBOØWYなどのバンドとも深く共鳴し合い、当時のミュージックシーンの血肉となって次世代へと確実に受け継がれていった。

そのソリッドで危険な香りを放つナンバーは、こちらから確認できる。

4代目・ザ・モッズ(THE MODS):荒削りな男のロマンと名曲の衝撃

4代目を飾るのは、日本のロックシーンに衝撃を与えた「ザ・モッズ(THE MODS)」である。代表曲である「激しい雨が」はマクセルのカセットテープ(UD I)のCMソングとしてお茶の間にも強烈なインパクトを残し、さらに「バラッドをお前に」がTBS系ドラマ『中卒・東大一直線 もう高校はいらない!』の主題歌としてヒットを記録した。荒削りでありながら男のロマンと反骨心を体現したそのスタイルは、当時の若者たちのバイブルとなった。泥臭いライブパフォーマンスと確かな楽曲の強さは、めんたいロックの不屈の精神を体現している。

その熱い魂がダイレクトに伝わってくるライブ映像がこちらだ。

5代目・ザ・ロッカーズ(THE ROCKERS):悲劇を乗り越えた執念

そして、定義における5代目を飾るのが、ポップでパンクな魅力で人気を集めた「ザ・ロッカーズ(THE ROCKERS)」を率いた陣内孝則の存在だ。バンドの歴史にはあまりにも重い悲劇が刻まれており、ギタリストの谷信雄が交通事故によって若くしてこの世を去るという痛ましい出来事があった。仲間であり、共に時代を駆け抜けた相棒の突然の死は計り知れない衝撃を与えたが、その耐え難い悲しみと失われた青春の記憶こそが、のちに陣内が自らのルーツを描いた映画作品(『ROCKERS』)を監督し、形として世に残すための最大の原動力となったのである。バンドの絶頂期から銀幕の主役、そして映画監督へと活動の場を広げた陣内は、表現者としての執念を証明してみせた。

爆発的なエネルギーを宿した彼らのステージの模様は、以下の動画に収められている。

番外編・ARB:活動拠点は東京であっても、魂は博多の血脈、そして松田優作との魂の共鳴

そして、正統な系譜の枠組みからは少し外れるものの、どうしても外せないのが「ARB」である。実際のバンドとしての主な活動拠点は東京に置かれていたが、メンバーには福岡出身者が名を連ね、その血肉にはまぎれもなく博多の泥臭いロック魂が流れていた。

ボーカルの石橋凌が放つ無骨かつストレートなロックサウンドは、当時の若者たちの魂を激しく揺さぶった。特に特筆すべきは、日本の映画界に巨大な足跡を残した故・松田優作との深いエピソードである。圧倒的なカリスマを持つ松田優作が、石橋凌の持つ生々しいまでの表現者としてのオーラと生き様に強烈に共鳴し、二人は魂をぶつけ合う深い絆で結ばれていた。その気骨あふれる関係性や気概は、石橋をミュージシャンから銀幕の本格派俳優へと飛躍させる大きな原動力となったのである。

さらに、女の子のキャラクターが無骨で泥臭いロックを歌うというアプローチのもと、TVアニメ『輪るピングドラム』においてARBの楽曲が挿入歌として大胆に起用されたことも記憶に新しい。可憐なビジュアルのキャラクターから繰り出される無骨なロックの響きは、作品全体のスパイスとして強烈な異彩を放っていた。音楽と映像の境界を軽々と越えていくその生き様こそ、まぎれもなくめんたいロックの系譜に連なる男の真骨頂である。

男たちの無骨な生き様と圧倒的な熱量を放つそのサウンドは、以下の映像からも確かめることができる。

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