人形町と文豪・谷崎潤一郎:元吉原の歴史が息づく江戸情緒とITの交差点

Midnight Report

若い頃から、新宿や渋谷といった街はどうしても肌に合わなかった。若者が群がり、ごてごてに着飾っただけのチェーン店が並ぶ街の空気にどうしても馴染めなかったのだ。

学生時代に通学路だった池袋や、地元に近かった錦糸町あたりがギリギリ許容範囲だったが、社会人になってからの主な活動拠点は専ら新橋、神田、上野といった下町情緒の残るエリアだった。小綺麗に取り繕った街よりも、人の生活や歴史の垢が染み付いた下町との相性の良さは、昔から自覚していた。

そんな中、今回は少しディープでマニアックな大人の街、中央区「人形町」について語りたい。


江戸のサムライを相手にした風俗街「元吉原」の歴史

意外と知られていない歴史的事実だが、時代劇やドラマで有名なあの「吉原遊廓」は、もともと人形町にあった。いわゆる「元吉原(旧吉原)」である。

江戸初期、徳川幕府公認の遊廓として日本橋葺屋町(現在の人形町一丁目・二丁目付近)に開かれたのが吉原の始まりだ。後に明暦の大火(1657年)を経て浅草の北(現在の台東区千束、新吉原)へ移転させられるわけだが、文豪たちが描き、あるいは映画『吉原炎上』などで描かれる遊廓文化の原点は、この人形町の湿地帯を埋め立てて作られた元吉原に存在する。

大ヒット漫画『JIN-仁-』で、現代からタイムスリップした南方仁が遊廓へ足を運ぶシーンがあるが、お茶の水界隈に拠点を置いていた仁先生がサクッと歩いて往復できる距離感を考えても、台東区千束の新吉原より人形町の元吉原の方が地理的な説得力がある。江戸初期の武士たちが刀を預け、金と欲望を落としていった歓楽街のDNAが、この人形町の地下には今も眠っているのだ。


文豪・谷崎潤一郎が生まれた街と「耽美派」のルーツ

現在IT業界でフルスタックエンジニアとしてキーボードを叩いている自分だが、実は大学時代の専攻は文学部日本文学科だった。中学生の頃からPC-8801やMZ-2000を触り倒してプログラミングにのめり込んでいた人間がなぜ文学部へ進んだのかは別の機会に譲るが、当時からひねくれ者だった自分は、国語の教科書に載るような「王道の作家」が大嫌いだった。

例えば、夏目漱石や森鴎外といった近代文学の巨頭たち。世間や学界は彼らをインテリの象徴のように持ち上げるが、穿った見方をすれば単なる「高学歴むっつりスケベ」にしか見えなかった。漱石の『三四郎』で描かれる御徒町界隈の描写など彼の日記そのままであり、森鴎外に至っては「独学でドイツ語を学んだ偉人」と教科書で美化されているものの、本質はドイツ留学先で現地の女性(エリス)と浮名を流し、帰国後に彼女が日本まで追いかけてきて大騒動になった男である。

自分の身の回りの矮小な出来事や自意識をダラダラと書き連ねる「私小説」というジャンル全般に強い拒絶感があった。所属していたゼミの教授が熱烈な私小説信奉者だったこともあり、大学内には「耽美派」と呼ばれる異端の作家を専門に扱う教員はいなかったが、卒論だけは絶対に自分の好きな作家で書くと決めていた。教授に筋を通し、自分が卒論の題材に選んだ文豪こそが谷崎潤一郎だった。

谷崎の中期から晩年にかけての作品に見られる、人間の生々しいエゴ、フェティシズム、そして徹底した美への執着。この耽美派の巨匠が生まれ育ったのが、まさに明治19年の日本橋蛎殻町(現・人形町界隈)だったのだ。

江戸情緒の残る町人文化と、元吉原の遊興の残り香が漂う街で幼少期を過ごしたからこそ、谷崎の血肉には「飾らない人間の欲望」と「美への異常な執着」が刷り込まれた。人形町という土壌がなければ、後の『痴人の愛』も『細雪』も生まれ得なかったと言っても過言ではない。


現在の人形町:飾らない江戸情緒とITの交差点

現在の人形町は、歴史ある老舗と近代的なビジネス街が絶妙なバランスで共存している。

すぐ隣の箱崎には日本IBMの本社(箱崎事業所)があるため、実は人形町の飲食店にはIT業界の人間が非常に多い。自分のようなエンジニアにとっても、どこか居心地の良さを感じる街だ。

谷崎潤一郎の生家があった場所のすぐ近くには、絶品のしゃぶしゃぶやすき焼きを提供する老舗料理店「谷崎」があり、建物の脇には「谷崎潤一郎生誕の地」の記念碑が静かに佇んでいる。近代文学の歴史と美味い肉が同じ空間に息づいているあたりも、実にこの街らしい。

人形町の最大の魅力は、「江戸情緒が色濃く残り、過剰に気取らない街」である点に尽きる。

新宿や渋谷のように、外見だけを派手に見せかけた中身のない店に辟易としている大人にとって、人形町の路地裏に佇む店はどこも地に足がついている。『孤独のグルメ』で井之頭五郎がふらりと立ち寄ったような、リーズナブルで本当に美味い料理を出す個人店がそこかしこに残っているのだ。

流行に流されず、歴史と本質を愛する人間なら、人形町の路地を一度ゆっくり歩いてみてほしい。チェーン店の看板に埋め尽くされた繁華街では決して味わえない、本物の下町情緒と大人の夜がそこにある。

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