『男はつらいよ』車寅次郎の生き様に見る、失われた日本人の情緒と無責任の肯定

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「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」

ダボシャツに腹巻き、チェックのジャケットを羽織り、革のトランク一つで全国の津々浦々を渡り歩く。1969年から1995年まで、渥美清の主演で全48作が公開された松竹映画『男はつらいよ』シリーズ(山田洋次監督)は、ギネス世界記録にも認定された日本映画史の至宝だ。

下町の団子屋「くるまや(旧とらや)」を拠点に、ふらりと現れては騒動を巻き起こし、旅先で美しいマドンナに惚れてはあっけなく失恋し、また風のように去っていく。一見すれば、時代劇と同じフォーマットを繰り返す昭和の国民的喜劇にすぎない。

しかし、タイパや効率、自己責任論で窒息しそうな令和の現代において、この映画を単なる「昭和レトロの遺物」として切り捨てるのはあまりに勿体ない。寅次郎という男の無軌道な生き様には、僕たちがいつの間にか合理性のゴミ箱へ投げ捨ててしまった「日本人の情緒」と、息苦しさを生き抜くための「無責任の肯定」が極上の手触りで息づいている。

東京の片隅「葛飾柴又」を日本人の心の故郷にした功績

本作がもたらした最大の地理的・文化的な奇跡は、東京の東端にある下町の小さな一角「葛飾柴又」を、日本全国はおろか後世に至るまで誰もが知る「心の原風景」へと押し上げたことだ。

帝釈天へと続く参道の賑わい、草だんごの湯気、江戸川の土手と夕焼け。そして、細川たかしや五木ひろしの歌唱で大ヒットした名曲『矢切の渡し』の舞台でもある、柴又と対岸の千葉県松戸市を結ぶ渡し船の風情。この水辺の湿り気を帯びた風景は、寅さんが帰ってくる場所であり、同時に失恋して逃げ出す出口としても機能している。

映画が柴又をこれほどまでに神格化できたのは、名所旧跡として綺麗に飾り立てたからではない。路地裏で交わされる近所付き合いの怒鳴り合い、世間話の猥雑さ、日常の生活臭をそのままフィルムに焼き付けたからだ。柴又という場所は、コンクリートで固められた近代都市・東京が唯一残した「血の通った下町の砦」として、今なおスクリーンの中で生き続けている。

谷崎潤一郎『細雪』に通じる「失われゆく美」への執着

山田洋次監督が『男はつらいよ』で執念深く描いたものは、実は谷崎潤一郎の不朽の名作『細雪』の底に流れる思想と驚くほど通底している。

『細雪』が、日中戦争から太平洋戦争へと雪崩れ込んでいく破滅の前夜に、消えゆく関西の上流階級の優美な四季と日常を狂気的なまでの筆致で記録したように、『男はつらいよ』もまた、高度経済成長とバブルの狂乱によって日本全国から急速に消え去っていった「泥臭い地方の風情や人情」を、寅次郎の旅情を通して記録し続けた映像のタイムカプセルだ。

SLが走り、赤錆びたトタン屋根が並ぶローカル線の駅、鄙びた温泉街の寂れたスマートボール場、名もない港町の夕暮れ。近代化の波に飲み込まれて消えていく日本の原風景を、山田洋次は寅次郎という触媒を使って愚直に掬い上げた。

この映画の本当の主役は、寅次郎の失恋劇の背景に佇む、もう二度と戻らない「失われゆく日本の美」そのものなのだ。

「どーでもいい日常の摩擦」を極上の娯楽に仕立てる職人技

近年の映画やドラマを見渡せば、世界の危機や連続殺人、派手なサスペンスといった過剰なイベントに頼った物語ばかりが溢れている。だが、『男はつらいよ』のドラマの8割は、現代の基準からすれば「本当にどうでもいい日常の些事」で構成されている。

「茶の間でメロンをどう切り分けるか」「誰が何切れ食べたか」「タコ社長とどっちが先に謝るか」。

こんな小学生レベルの低レベルな小競り合いが、登場人物全員の本気の怒りと情愛によって、腹を抱えて笑える一流の喜劇へと昇華される。事件らしい事件など何も起きない。ただ、人間が寄り添って暮らしていれば必然的に発生する「摩擦」と「気まずさ」、そしてそれを次の瞬間にはケロリと水に流す「愛嬌」。

何気ない日常のくだらない一コマを、これほどまでに豊かなサスペンスとユーモアとして映像化できる映画は、世界中を探しても他に類を見ない。

「無責任」の肯定:白黒つけない生き方のススメ

寅次郎という男は、現代の価値観に照らし合わせれば間違いなく「社会不適合者」だ。定職には就かず、税金を納めている気配もなく、貯金もなければ身持ちも悪い。家族に迷惑をかけ続け、妹のさくらに金の無心をしては、ふらふらと放浪の旅に出る。

だが、なぜ観客は半世紀にわたってこの男を愛し続けたのか。それは、寅次郎が「責任を背負い込まないことの清々しさ」を体現していたからだ。

世間体、将来設計、コンプライアンス、自己責任――現代人はあらゆる重荷を背負わされ、常に「正しい生き方」を強迫観念のように求められている。だが、寅次郎は言う。「それを言っちゃあ、おしまいよ」と。

正論や理屈で白黒をつけず、グレーゾーンのまま曖昧に笑ってやり過ごす。役に立たなくても、金がなくても、そこに居て風を吹かせるだけで許される人間がいる。この「無責任の肯定」こそ、雁字搦めの社会を生きる人間にとって最大のシェルター(避難所)なのだ。

古臭い昭和の遺物だと敬遠するにはあまりにもったいない。生きることに息が詰まり、正しいことばかりに疲れた夜にこそ、一度でいいから寅さんの背中を眺めてみてほしい。そこには、理屈や効率の彼方に置き忘れてきた、人間が人間として息をするための「余白」が、たっぷりと残されているはずだ。

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