江東区・潮見:砂利採掘船と倉庫の人工島が、ホテル街へと脱皮する途中の無機質な隙間

Midnight Report
スポンサーリンク

豊洲のタワーマンション群と、青海・有明の巨大複合施設。東京湾岸の眩い再開発エリアに挟まれながら、驚くほどエアポケットのように取り残された人工島がある。江東区・潮見。

世間の大半の人間にとって、ここは「京葉線で新木場へ向かう途中に通過する駅」か「免許更新のために東陽町へ行くときの裏道」程度の認識だろう。あるいは、舞浜のテーマパーク帰りの観光客が泊まる安めの大型ホテルができた場所、くらいかもしれない。

だが、この街の地面を踏みしめ、運河沿いの風を吸い込むと、まったく別の顔が浮かび上がってくる。

ここはかつて、荒れ狂う東京湾の埋め立て事業を支え、砂利や砂を積んだ運搬船が泥水をかき分けて接岸した汗と埃の工業島だ。やがて巨大アパレルや流通の倉庫街へと姿を変え、いま静かに観光ホテル街へと脱皮しようとしている。

華やかな湾岸ブランディングの光が届かない、無機質で乾いた人工島の隙間を歩く。

泥と瓦礫の人工島:水運と産業を支えた埋立地の成り立ち

潮見の歴史は、自然の地形ではなく人間の都合から始まった。

大正から昭和初期にかけて進められた東京湾の埋立事業。8号埋立地と呼ばれたこの地は、最初から人々が優雅に暮らす住宅地として設計されたわけではない。戦後の高度経済成長期、東京の街をコンクリートで固めるために必要な砂利や砂、建設資材を船から陸揚げするための「水運の中継基地」として機能した。

運河には砂利採掘船やダルマ船(艀)がひしめき、クレーンが唸りを上げ、トラックが埃を巻き上げて走り抜ける。街の輪郭を作ったのは、洗練された都市計画ではなく、純粋な物流と泥臭い土木工事の熱量だった。

その後、資材置き場から巨大な物流倉庫街へとシフト。都心に隣接しながら水運と高速道路へのアクセスが良いこの島は、東京の消費を裏から支える巨大なバックヤードとして定着していった。

アパレル倉庫街の素顔:突如現れる「ファミリーセールの穴場」

潮見を歩くと、整然と区画された道路沿いに無機質な巨大倉庫が立ち並んでいる。その多くは、ファッション業界や大手物流企業が構える配送拠点だ。

普段はシャッターが固く閉ざされ、大型トラックが淡々とコンテナを積み下ろししている殺風景な通り。だが、特定の週末になると、この無機質な倉庫街が一変する。

  • 知る人ぞ知る安売りセール:倉庫の巨大な搬入口が開き、アパレルメーカーのサンプル品や余剰在庫を叩き売る「ファミリーセール」が突如として開催される
  • 目利きたちの密やかな集結:高級ブランドやセレクトショップの服が、定価の7割引き、8割引きのワゴンに山積みにされ、事情を知る人間たちが群がる
  • 消費の表と裏の同居:銀座や表参道の華やかなブティックに並ぶ前の、あるいは並び終えた布切れが、埃っぽい倉庫の中で生々しく売買される

煌びやかなファッションの終着駅であり、出発点でもある倉庫街。装飾を剥ぎ取られた鉄骨の空間で、服が単なる「規格化された荷物」として扱われている風景は、実にリアルで心地よい。

電車の便は悪いが、驚くほど静かな「孤島の夜」

潮見の交通事情はお世辞にも良いとは言えない。

通っているのはJR京葉線ただ一本。東京駅までは数駅で出られるものの、地下深くのホームまで延々と歩かされる京葉線の不便さは周知の通りだ。りんかい線が通る新木場や有明、有楽町線が通る豊洲のような縦横無尽のフットワークはない。陸の孤島と呼ぶにふさわしい閉鎖感がある。

だが、この「交通の不便さ」こそが、潮見に独特の静寂をもたらしている。

  • 繁華街のノイズがゼロ:パチンコ屋も風俗街も、派手な居酒屋チェーンも存在しない
  • 夜になると消える人の気配:倉庫の稼働が落ち着き、トラックの出入りが引いた夜、街は驚くほど深い静寂に包まれる
  • 運河を渡る風の音:黒ぐろとした水面と、遠くに見える豊洲のタワーマンションの明かりを眺めながら、誰もいない広い歩道を一人で歩く贅沢

豊洲のような見栄の張り合いもなければ、青海のような観光客の喧騒もない。ただコンクリートと運河に囲まれた、無機質で贅沢な空白がここにある。

倉庫からホテル街へ:脱皮の途中に広がる境界線の景色

近年、この潮見の風景に異変が起きている。

巨大な物流倉庫が取り壊され、その跡地に突如として現れたのは、巨大な観光ホテル群だ。ディズニーリゾートへ向かうファミリー層や、東京駅へのアクセスを狙ったインバウンド観光客をターゲットにした宿泊特化型の大型ホテルが相次いで開業した。

倉庫街の埃っぽいアスファルトのすぐ隣に、小洒落たガラス張りのホテルエントランスが口を開けている。
作業服を着た物流作業員が歩く横を、スーツケースを引いた外国人観光客が通り過ぎていく。

この新旧が混ざり合わず、境界線が剥き出しになった歪(いびつ)なコントラストこそが、今の潮見を歩く最大の面白さだ。完成された街にはない、産業の役割が書き換えられていく瞬間の「無機質な隙間」。


旅とは、整備された観光スポットをめぐることだけではない。都市が役割を変えていく、その過渡期のざらついた空気に触れることだ。

泥と砂利の水運基地から、アパレルの物流倉庫へ、そして観光ホテルの街へ。
変わりゆく用途の狭間で、京葉線の高架下に広がる静寂を踏みしめる。

東京という巨大都市の消化器官の片隅で、静かに呼吸を続ける人工島のリアルが、そこにはある。

タイトルとURLをコピーしました