白物家電基準のPCからJP1の覇権へ――日立製作所に見る「常軌を逸した品質管理」と無骨な重工業の魂

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鉱山から生まれた純国産の意地:日立製作所の原点

日本の電機・IT大手を語る際、日立製作所という存在は明らかに異質な威容を放っている。富士通が古河電工と独シーメンスの合弁から分かれ、NECが米ウェスタン・エレクトリックとの合弁で始まったのに対し、日立は1910年、創業者の小平浪平が久原鉱業所日立鉱山の修理工場として立ち上げた、生粋の「純国産」ベンチャーだった。

「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」。創業当初に開発した国産初の5馬力誘導電動機(モーター)には、外国製機械の模倣に頼らず、自前の技術で日本の産業インフラを立ち上げるという猛烈な気概が込められていた。

鉄道車両、発電プラント、建設機械、産業用エレベーター。日立の根底に流れているのは、国家の基幹を物理的に支え続けてきた重厚な「重工業」の血筋である。そのため、後年になってコンピュータやITの領域に進出しても、彼らの行動原理や設計思想は、一般的なITベンダーの枠組みを遥かに超えた無骨さと重厚さを保ち続けた。

PCすら家電基準で検品する:正気の沙汰ではない品質への執着

日立という会社の規格外な本質を最も雄弁に物語るのが、製品に対する「常軌を逸した品質管理」である。

かつて日立が手がけていた法人向けパソコン「FLORA」シリーズの現場では、他社のエンジニアが目を疑うような光景が繰り広げられていた。本来、パソコンのようなコモディティ化した情報機器は、ある程度の初期不良率を許容し、迅速な部品交換や保守サポートでカバーするのが業界の常識である。

しかし、日立の検査基準は全く異なっていた。PCの基板や筐体に対しても、モーターや冷蔵庫、洗濯機といった過酷な環境で10年以上動くことを前提とした白物家電・産業機器と同等の検品・耐久テストを平然と課していたのだ。振動、落下、高温多湿、電圧変動。徹底的なストレステストを浴びせ、壊れる兆候のある個体は容赦なく排除する。

「パソコンごときにそこまでやるのか」と他社が呆れるほどの過剰品質。だが、これこそが日立の真骨頂だった。社会のインフラを担う以上、どんな末端の機器であっても止まることは絶対に許されない。この偏執的とも言える現場の品質基準があったからこそ、日立のハードウェアは官公庁や金融機関の現場で「絶対に壊れない」という圧倒的な信仰を獲得していった。

汎用機のノウハウを凝縮した絶対王者「JP1」の凄み

ハードウェアで培われた極限の信頼性は、ソフトウェアの世界にも色濃く移植された。その最高傑作が、統合システム運用管理ソフトウェア「JP1」である。

かつて金融機関や大企業のバックオフィスを牛耳っていたのは、日立が誇る大型汎用機(メインフレーム)だった。24時間365日、1秒の停止も狂いも許されない超巨大な基幹システムを、いかに正確に動かし、バッチ処理を予定通りに完了させ、障害を検知するか。日立のエンジニアたちは、汎用機の過酷な運用現場で天文学的な回数の試行錯誤を繰り返し、運用監視のノウハウを徹底的に血肉化していった。

1990年代以降、システムのオープン化が急速に進むと、多くの現場でサーバーが乱立し、複雑怪奇なシステム運用の崩壊が相次いだ。その混乱の海に日立が投入したのがJP1だった。メインフレームの運用で培った鉄壁のジョブスケジューリング思想と障害監視のロジックを、そのままオープン系システムへ落とし込んだのだ。

「JP1に任せておけば、夜間バッチが落ちることはない」。その堅牢性と緻密な設計は現場のエンジニアから絶対的な信頼を勝ち取り、競合がひしめくシステム運用管理市場において、四半世紀以上にわたり国内トップシェアの座を維持し続けている。

悪夢のみずほ銀行システム統合:最後に火中の栗を拾った屋台骨

日立の持つ「重厚な骨太さ」が国家的規模で証明されたのが、日本の金融システム史上最大の難工事と呼ばれた、みずほ銀行の勘定系システム統合プロジェクト(通称・MINORI)である。

旧第一勧業銀行の富士通、旧富士銀行のIBM、旧日本興業銀行の日立。メガバンク3行の統合に伴い、それぞれ異なるメインフレームとアーキテクチャが激突し、2002年と2011年には社会問題となる大規模システム障害を引き起こした。共同開発という名の縄張り争い、複雑を極めた多重下請け構造、ブラックボックス化したレガシーコードの山。誰もが匙を投げかけた未曾有の泥沼プロジェクトだった。

この火中の栗を拾い、最終的にシステムの心臓部をまとめ上げる決定的な役割を果たしたのが日立だった。日立は膨大な勘定系データの連携や夜間バッチ処理の基盤において、持ち前の堅牢なアーキテクチャと現場の徹底的な統制力を発揮。他ベンダーのシステムとの接続部分で生じる不整合やトラブルを水際で吸収し、プロジェクトを完遂へと導くための強固な背骨となった。

派手に前線でアピールするのではなく、システムが破綻しかけた極限状態において、最後に全体を支えきって辻褄を合わせる。泥を被ることを恐れず、社会インフラとしての銀行を力技で着地させたこの仕事ぶりこそ、日立という企業が持つ現場力の真価だった。

巨額赤字からLumadaへ:製造業史上最大のV字回復

特筆すべきは、これほど重厚長大な体質を持ちながら、日立が自己変革のスピードをも兼ね備えていた点である。

2009年3月期、日立はリーマンショックの影響とハードウェア事業の不振が重なり、当時の日本の製造業として過去最悪となる7,873億円の最終赤字を記録した。巨大企業の解体すら囁かれる絶望的な状況において、日立が下した決断は電光石火の構造改革だった。

祖業に近い日立金属、日立化成、日立建機といった「御三家」をはじめとする上場子会社を相次いで売却。白物家電の海外事業も再編し、低収益なハードウェアから徹底的に経営資源を引き揚げた。そして、同社が創業以来培ってきた鉄道や送電などの「OT(制御・運用技術)」と、ITの最先端技術を掛け合わせた社会イノベーション事業「Lumada」へと舵を切り、奇跡的なV字回復を成し遂げたのである。

富士通やNECとは一線を画す、無骨な重工業の誇り

製造業のプライドを捨ててITサービスへと身軽に転身した富士通。狂気のファームウェア技術と世界規格への適応力で生き抜いたNEC。それらと比較したとき、日立の立ち位置は決定的に異なっている。

日立の強さは、どこまで行っても「モノと社会を物理的に動かしてきた重工業の背骨」にある。PCにすら家電並みの耐久性を求めた偏執的な品質管理、メインフレームの過酷な歴史から生み出されたJP1、国家の金融基盤が崩壊しかけた時に現場を支え抜いた不屈のエンジニアリング。彼らの仕事には、机上のロジックだけでは決して生み出せない、圧倒的な重量感と現場の迫力が宿っている。

スマートで洗練されたIT企業ではないかもしれない。だが、絶対に止まってはならない社会の最前線に立たされたとき、最後に最も頼りになるのは、この無骨で骨太な重工業の巨人に他ならない。

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