「へのつっぱりはいらんですよ」
屁の推進力で空を飛び、牛丼を掻き込み、怪獣の前で逃げ惑う。1979年に『週刊少年ジャンプ』で連載が始まったとき、この男が日本中の少年を熱狂させ、やがて友情の奇跡を体現する不屈の王座に君臨するなどと誰が予想しただろうか。
ゆでたまご(嶋田隆司・中井義則)が生み出した『キン肉マン』。
緻密な伏線回収や整合性がもてはやされる現代の物語作脈において、本作が叩きつける「ゆで理論」は、もはや爽快ですらある。「屁理屈を重ねて帳尻を合わせる」のではない。「圧倒的なハッタリとテンションで、矛盾そのものをリングのマットに叩きつける」のだ。
論理を暴力的なまでの熱狂でねじ伏せるプロレス的カタルシス。なぜ僕たちは、明らかに物理法則も医学も無視したこの荒唐無稽な世界に、魂を震わされ続けてきたのか。
カッコ悪さの極北から始まった「元祖・ダメヒーロー」
ジャンプの歴代主人公を振り返っても、キン肉スグルほど「みっともない姿」を晒してスタートした男はいない。
ウルトラマンのパロディとして描かれた初期のスグルは、臆病で、卑しく、下品で、誰からも尊敬されない落ちこぼれのダメ超人だった。必殺技が屁であり、戦う動機も保身か金か名誉欲。
だが、この「徹底的にカッコ悪い男」を主人公に据えたことこそが、のちの超人オリンピックから悪魔超人編、黄金のマスク編へと続く大河ドラマの強烈なバネとなった。
どんなに打ちのめされても、仲間を信じて立ち上がる。みっともない豚鼻のマスクの下から溢れ出る、剥き出しの人間臭さと泥臭い意地。完璧なエリートヒーローには絶対に描けない「弱者が奇跡を起こす瞬間」の爆発力を、ゆでたまごは本能的に嗅ぎ取っていた。
二枚目声優・神谷明の破壊力:スグルとケンシロウが産み落とした「冴羽獠」の奇跡
このダメヒーローに魂を吹き込み、作品のスケールを何倍にも引き上げた立役者が、声優・神谷明の存在だ。
当時、神谷明といえば『バビル2世』や『勇者ライディーン』など、端正な二枚目ヒーローを演じるトップ声優。その彼が、鼻水を垂らしてギャグを叫び、次の瞬間にはリング上で「火事場のクソ力」を宿した咆哮を轟かせる。
この振り幅の凄まじさは、のちのジャンプアニメ史を決定づける巨大な実験場となった。
スグルで開眼した「極限の下品なギャグと、胸を打つ熱血」の同居。そして『北斗の拳』のケンシロウで極めた「圧倒的なシリアスと怒りの低音ボイス」。
この二つの極北を通過したからこそ、神谷明は『シティーハンター』の冴羽獠という、昼は究極のスケベ・夜は冷徹なスイーパーという完全無欠のハイブリッド主人公を完成させることができた。「スグル+ケンシロウ=冴羽獠」という奇跡の方程式は、まさにキン肉マンという作品が声優史に遺した偉大すぎる副産物だ。
令和リメイクの功罪:映像美とお行儀の良さが消した「昭和の泥臭さ」
Production I.G制作による令和のリメイクアニメ『キン肉マン 完璧超人始祖編』は、現代のアニメーション技術の粋を集めた素晴らしい映像美を見せた。
3DCGを駆使したプロレス技の重量感、超人たちの肉体美、リングのマットに沈むインパクトの描写は圧巻の一言だ。原作への敬意に満ち、泥臭いゆで理論を現代的なハイクオリティ映像へと見事に昇華させている。
だが、オールドファンとして胸の奥底に小さな引っ掛かりを覚えるのもまた事実だ。
映像がスタイリッシュに整いすぎているあまり、どこか「お行儀が良すぎる」のだ。
昭和のアニメ版や原作初期の紙面から立ち上っていた、あの異様な熱気、下品さと紙一重の猥雑さ、そして「整合性なんて知るか!」と言わんばかりの荒々しいグルーヴ。すべてが美しく計算されたレイアウトの中に収まってしまったことで、ゆでたまご作品が持つ本来の「狂気じみた生々しさ」が、いくぶん綺麗に漂白されてしまった感は否めない。
矛盾をねじ伏せるプロレス的熱狂:なぜ「ゆで理論」は永遠なのか
「ベルリンの赤い雨」「肉のカーテン」「タワーブリッジ」。
冷静に考えればツッコミどころしかない設定や、前の週と明らかに矛盾するリング上の展開。だが、ゆでたまごの漫画において、そんな野暮な指摘はすべて無意味と化す。
読者が求めているのは、小賢しい整合性ではない。いま目の前で繰り広げられている超人たちの意地のぶつかり合いであり、ページを破らんばかりの力感だ。「ツッコミを入れながらも、気づけば拳を握りしめて叫んでいる」。これこそがプロレスの神髄であり、大衆エンターテインメントの原初の姿である。
精緻なロジックで固められた現代の作品群を見渡すいま、力技ですべてをねじ伏せて読者をねじ伏せてきた『キン肉マン』の熱量は、逆説的になお一層の眩い輝きを放っている。

