四国四県の夜を制覇した俺様が次なるターゲットに定めたのは、九州の中央に君臨する「火の国」熊本である。
熊本といえば、かつては本州から訪れるにも、博多から移動するにも、特急「つばめ」に揺られて有明海沿いを下る、それなりの覚悟を要する遠征先だった。だが、九州新幹線が全線開通した現代、その心理的距離は劇的に縮まった。博多駅から「みずほ」や「さくら」に飛び乗れば、缶ビールを1本空ける暇もなく、わずか30分から40分強、1時間も経たないうちに熊本駅のホームへと滑り込んでしまう。
この圧倒的なアクセスの良さは、街に新しい風を吹き込むと同時に、ビジネスマンや旅人のフットワークを一気に加速させた。「博多で仕事を終えてから熊本へ向かい、夜の街を飲み歩く」ことすら、現代では何の無理もない日常の選択肢になったのだ。
だが、どれほど移動時間が圧縮されようとも、新幹線の改札を出て白川の風を浴びた瞬間、この街が纏っている空気は博多のそれとはまるで別物であることに気づかされる。活火山・阿蘇を背負い、西南戦争の銃撃戦を耐え抜いた「火の国」特有の骨太な大地と、加藤清正が築いた城下町の重厚な気骨が、街の隅々にまでどっしりと根を下ろしているのだ。
築城の名手・加藤清正の遺産――難攻不落の熊本城と白川の湧水
熊本市街を語る上で、名将・加藤清正の存在を無視することは絶対にできない。松山城を攻めた時も加藤嘉明の手腕に舌を巻いたが、清正が築き上げた熊本城は、文字通り「戦うための巨大要塞」としての迫力が段違いだ。
幾重にも反り返る「武者返し」の石垣は、下からは登れそうに見えて上部で垂直に切り立ち、攻め寄せる敵兵を絶望の淵に突き落とす。西南戦争において、西郷隆盛率いる薩摩軍の猛攻を前に一歩も退かず、「わしは清正公に負けたのじゃ」と西郷に言わしめた堅牢さは伊達ではない。震災からの復旧が進むその雄姿を仰ぎ見ると、この街が幾度もの災禍を乗り越えてきた不屈の城下町であることが、骨身に染みて理解できる。
そしてもう一つ、熊本の凄みはその「水」にある。阿蘇山系が長い年月をかけて濾過した地下水が、街を流れる白川の流域や市内の至る所から清冽な湧水となって噴き出している。熊本市は、人口70万人を超える大都市でありながら、水道水源の100%を天然の地下水で賄っている世界でも極めて稀有な「奇跡の地下水都市」なのだ。城の堅牢さと、底知れぬ豊かな水。この二つの強固なインフラが、肥後の男たちの頑固で情に厚い気質を育んできたのである。
桜色の極上馬刺しと、俺様最愛の米焼酎「白岳しろ」
熊本城の麓から、熊本市電(路面電車)に揺られて中心街の「通町筋」へ。下通・上通という長大なアーケード街を眺めながら、夕暮れの街へ繰り出した俺様が向かったのは、白川沿いに広がる郷土料理の老舗だ。
熊本の夜の幕開けに、絶対に外せない主役がある。そう、「馬刺し」だ。皿の上に並べられた見事な霜降りの特上馬刺し、脂の甘みが際立つタテガミ(コウネ)、そして赤身の引き締まった筋肉美。おろし生姜とおろしニンニクを少し乗せ、九州特有のとろりとした甘口醤油にちょんと浸して口へ運ぶ。噛み締めた瞬間にジュワリと広がる上質な脂の旨味と、臭みなど微塵もない赤身の力強いコク。牛や豚の脂とは根本的に異なる、サラリと舌の上でとろけるその鮮烈な味覚は、まさに肉食文化の頂点と言っていい。
そして、この濃厚な馬刺しを迎え撃つ相棒として、俺様が絶対の信頼を寄せているのが米焼酎「白岳しろ」である。世間では「九州の焼酎=芋」という短絡的なイメージを持つ連中も多いが、熊本・球磨地方が誇る米焼酎文化を舐めてはならない。「白岳しろ」をグラスに注ぎ、氷を浮かべてロックで呷る。球磨川の清流と上質な米から生まれたその液体は、吟醸酒のような華やかな香りを微かに漂わせつつ、後味は驚くほどすっきりとキレ味鋭く喉を通り抜ける。
馬刺しの濃厚な脂を、「白岳しろ」の透明感ある米の旨味が瞬時に洗い流し、舌の上を完璧にリセットする。そしてまた箸が伸び、グラスが空く。この「馬刺し×白岳しろ」という無限ループの破壊力たるや、普段どれほど酒に慎重な男であっても、理性を一撃で蒸発させるほどの威力を持っている。
銀杏通りから花畑町へ――九州屈指の巨大歓楽街が放つ熱気
腹を満たし、白岳の心地よい酔いが回ってきたところで、いよいよ熊本の夜の本丸へと進軍する。大アーケード「下通」から西側の路地へ折れると、そこには熊本が誇る九州屈指の夜の要塞――「銀杏通り(ぎんなんどおり)」、そして「花畑町(はなばたちょう)」が広がっている。
一歩足を踏み入れた瞬間、そのスケールと密度に圧倒される。高松の古馬場町、松山の三番町、高知の55番街、徳島の秋田町と渡り歩いてきた俺様だが、熊本のこのエリアの熱量は、中四国の地方歓楽街とはまた一段ギアが上がった「西日本屈指のメガ歓楽街」の様相を呈している。
碁盤の目のように広がるストリート沿いに、近代的な大型飲食店ビルから昭和の面影を残すレトロな雑居ビルまでが隙間なく林立し、極彩色のネオン看板が夜空を埋め尽くしている。スナック、ラウンジ、高級クラブ、オーセンティックバー、大衆酒場。白川の豊かな水が育んだ肥後の台所を支えるように、無数の飲食店がひしめき合っているのだ。
なぜこれほど巨大な歓楽街が成立しているのか。新幹線で博多から1時間圏内になったとはいえ、熊本は南九州(熊本・宮崎・鹿児島)を結ぶ一大交通・経済のハブであり、陸上自衛隊の西部方面総監部を抱える国防の要衝でもある。昼間、この街の巨大な経済と産業を動かしている企業戦士たち、そして地元を愛する「肥後もっこす」の男たちが、毎夜毎夜、銀杏通りや花畑町のネオンの奥へと繰り出し、莫大なエネルギーを爆発させているのだ。
不屈の城下町が魅せる、大人の夜の包容力
雑居ビルの地下にあるバーの重い扉を押し開け、カウンターで静かにグラスを傾ける。隣の席では、地元のビジネスマンたちが熱っぽくこれからのビジネスについて語り合い、ボックス席からは豪快な笑い声と乾杯の音が響いてくる。地震の爪痕を乗り越え、力強く復興を遂げてきた熊本という街が持つ、底知れぬタフネスと人情が、この酒場の空気の中にも濃厚に息づいている。
加藤清正が築いた不落の要塞・熊本城の威容。阿蘇の大自然が何千年もかけて生み出した奇跡の白川湧水。そして、極上の馬刺しと白岳しろに酔いしれ、銀杏通りや花畑町のネオンの海に身を委ねる企業戦士たちの熱狂。
新幹線でサッと通り過ぎてしまうには、熊本という街はあまりにも深く、そして濃密すぎる。夜風に吹かれながら銀杏通りの雑踏を歩くとき、俺様はこの火の国が長い歴史の中で培ってきた、雄大で逞しい大人の夜の懐の深さに、心底惚れ直していたのである。
