布と煙と鉄路が交錯する境界――日暮里・三河島に見る「最古のコリアンタウン」と昭和の残像

Midnight Report
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山手線の外側へ一歩:境界線を越えた先にある別の東京

東京の北東部、JR山手線と京浜東北線が分岐し、成田空港へと直結するスカイライナーが滑り込む一大交通結節点、日暮里。駅の西口を出れば、谷中銀座へと続く風情ある寺町や夕やけだんだんが観光客を迎え入れる。

だが、日暮里の真の底力とディープな気配を味わうなら、進むべきは西ではなく東、そして南東に位置する「三河島」方面である。

日暮里駅の東口を降り、常磐線の高架沿いに東へ足を運ぶと、街の表情は劇的に変わる。山手線のスマートな環状の内側から弾き出されたような、雑多で力強い下町の生活臭。ここは、かつて繊維産業で栄えた問屋街の顔を持ち、日本屈指の鉄道ビューポイントを抱え、そして東京で最も古い歴史を持つコリアンタウンが静かに息づく、重層的な境界の街なのだ。

布地と職人の迷宮:「2.5次元の誘惑(リリサ)」の羽生先生も語った日暮里繊維街と俺様の昔語り

日暮里駅東口から尾久橋通りを越えて延びる約1キロの通りには、およそ80軒から90軒もの生地・手芸関連の専門店がずらりと軒を連ねる「日暮里繊維街」が広がっている。

大正時代から浅草の繊維業者や職人たちが集まり始め、戦後の荒廃から復興する過程で生地問屋街として急速に発展したこの通りは、今なお「ものづくりの聖地」として圧倒的な存在感を放っている。人気漫画・アニメ『2.5次元の誘惑(リリサ)』の中でも、衣装作りの指南役である羽生先生が「昔は布といえば日暮里に行ったものだ」と回想する場面があったが、まさにあの言葉通りなのだ。大型量販店やネット通販が発達した現代でこそ買い出しの選択肢は増えたが、昔のコスプレイヤーや服飾に関わる人間にとって、布地を調達する場所といえば間違いなく日暮里一択だった。

「掘り出し物の生地やパーツを探すなら、まず日暮里の問屋街に潜れ」――そう叩き込まれていた昔の俺様も、独特の熱気に当てられながらこの通りへと足を運んだものだ。

安価なファストファッションが巷を埋め尽くし、布を買って自ら服を仕立てる文化が縮小傾向にある現代にあっても、この繊維街の熱量は変わらない。服飾を学ぶ学生、プロのパタンナー、コスプレイヤー、そして海外からのバイヤーたちが、山積みになった反物や色とりどりのボタン、リボンを真剣な眼差しで吟味していく。店頭に並ぶ布の重み、ハサミが入る音、そして独特の染料と綿の匂い。そこには、職人や仕立て屋たちの生々しい息遣いが、昭和の問屋街の佇まいとともに確かに生き残っている。

鉄路が交差する聖地:ハヤトが熱弁した車庫と、都内唯一の都電が刻むリズム

日暮里から三河島、そして尾久へと抜けるエリアは、鉄道ファン、とりわけ「撮り鉄」にとっても聖地と呼ぶべき特別な空間である。

日暮里駅の跨線橋「下御隠殿橋(しもごいんでんばし)」に立てば、東北・上越・北陸新幹線、山手線、京浜東北線、常磐線、京成線など、1日に約2,500本、20種類以上もの多種多様な列車がひっきりなしに足元を行き交う。この圧倒的な鉄路の交差景観は、全国のトレインビュー・スポットの中でも頂点に君臨している。

アニメ『新幹線変形ロボ シンカリオン』の作中でも、新幹線をこよなく愛する主人公・速杉ハヤトが、この界隈に広がる広大な列車基地(尾久車両センターや日暮里・田端周辺の車庫)について熱弁を振るう場面が描かれていた。普段は見ることのできない新幹線や寝台列車の編成、回送車両が静かに待機する車庫の広大さは、鉄道を愛する者にとってのロマンそのものだ。

さらに三河島から少し北へ歩を進めれば、都内で唯一現存する路面電車「都電荒川線(東京さくらトラム)」のレールが、下町の軒先を縫うように走っている。ゴトゴトと響く単車の振動と、交差点で鳴り響く「チンチン」という澄んだ警鐘の音。何重にも交錯する近代的な新幹線の高架と、地面を這うように走る昭和の都電。この極端な鉄道の対比が、街のノスタルジーを一段と深めている。

新大久保とは異なる静寂:東京最古のコリアンタウン「三河島」のルーツ

日暮里の繊維街を抜け、常磐線のガードをくぐって三河島駅方面へと足を踏み入れると、街の空気はさらに濃度を増す。路地の奥から漂ってくるのは、ニンニクと胡麻油、そして肉を焼き上げる香ばしい煙の匂いだ。

東京のコリアンタウンといえば、誰もが新宿区の大久保・新大久保を思い浮かべるだろう。K-POPが鳴り響き、最新の韓国コスメや流行の食べ歩きスイーツを求める若者や観光客でごった返す新大久保。しかし、東京における「最古のコリアンタウン」は、間違いなくここ三河島である。

その起源は大正時代にまで遡る。1920年代、三河島周辺に広がっていた皮革加工工場やゴム工場、染色工場などの労働力として、朝鮮半島(特に済州島)から多くの人々が移り住んだのが始まりだ。関東大震災の復興事業や町工場の発展を底辺で支えた彼らは、三河島の地に根を下ろし、独自のコミュニティを築き上げた。

新大久保が1980年代以降の「ニューカマー」によって形作られたエンターテインメントの街であるならば、三河島は戦前から戦後にかけての歴史を背負った「オールドカマー」たちが、生活の糧として守り続けてきた本物の生活街である。ここには観光客向けの派手な電飾看板もなければ、流行りのスイーツショップもない。あるのは、風化したモルタルの看板、ハングルで書かれた食材店の案内、そして地元の人々が日常の食材を買いに訪れるキムチや精肉の直売店だ。

煙に巻かれる夜:豚足、クッパ、そして本物の肉を喰らう贅沢

夜の帳が下りる頃、三河島の路地裏にある焼肉屋やホルモン焼きの店には、赤提灯とともに暖簾が掲げられる。

気取った無煙ロースターなど存在しない昔ながらの店内。年季の入った鉄板の上に分厚いカルビやハラミ、新鮮なホルモンを放り込めば、猛烈な煙と脂の爆ぜる音が狭い空間を満たす。ピリッと辛みの効いた本格的な自家製キムチをつまみ、しっかりと仕込まれた豚足をかじりながら、冷えたビールを喉に流し込む。

締めには、牛骨の旨味が限界まで溶け出した白濁のコムタンスープや、滋味あふれるクッパをかき込む。新大久保のような華やかさはないが、ここにあるのは「生活と労働のエネルギー」そのものとしての食文化だ。工場で汗を流した先人たちが、日々の疲労を吹き飛ばすために喰らい、受け継いできた肉と酒。その武骨な美味さに、胃袋を鷲掴みにされる。

境界の街に立ち、汽笛を聞く

日暮里から三河島へと至るこのエリアは、常に何かと何かの「境界線」の上に成り立ってきた。

山手線の内と外、日本の職人が築いた繊維街と海の向こうから渡ってきたコリアンコミュニティ、目にも留まらぬスピードで駆け抜ける新幹線と、のんびりと軒先を揺らす都電荒川線。

三河島のディープな酒場を後にし、夜風に吹かれながら日暮里駅へと向かう道すがら、遠くから常磐線の重たいレール音が夜空に響き渡る。観光地として漂白された東京のどこを探しても見つからない、歴史の皺(しわ)と人々の生活の執念が、この街にはまだ濃密に残っている。山手線のすぐ外側に広がるこの深い闇と煙の匂いこそが、東京という巨大都市が隠し持つ、もう一つの剥き出しの真実なのだ。

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