Red Hot Chili Peppers『Blood Sugar Sex Magik』のファンクネス:フリーのスラップとジョンのカッティング

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1991年9月24日という日付は、ロックの歴史において奇跡的な特異点として永遠に記憶されるべき日である。なぜなら、シアトルの地下からNirvanaが『Nevermind』を解き放ち、80年代のヘアメタルバブルを一撃で粉砕したその同じ日、カリフォルニアからはRed Hot Chili Peppersが通算5作目となるスタジオアルバム『Blood Sugar Sex Magik』を世に放ったからである。

当時のロックシーンにおいて、この2枚が同時に店頭に並んだことは、単なるヒット作の同時多発ではなかった。それは、虚飾と過剰なプロデュースにまみれていたアリーナ・ロックの息の根を止め、生々しい肉体性とストリートの衝動を取り戻すための、西海岸発の二大革命であった。

80年代のレッチリは、局部にチューブソックスを一本履いただけの全裸姿でステージを暴れ回り、ハードコア・パンクの猛烈なスピードにジョージ・クリントン直系のPファンクを無理やりねじ込んだ、アンダーグラウンドの過激な突然変異体に過ぎなかった。観客を圧倒するエネルギーは凄まじかったものの、そのサウンドは良くも悪くも情報過多で、力任せのバカ騒ぎと紙一重の危うさを孕んでいた。

しかし、ヒップホップ界の革命児であり、スレイヤーからビースティ・ボーイズまでを手掛けて「音の贅肉を削ぎ落とす達人」として知られていた名匠リック・ルービンをプロデューサーに迎えたことで、彼らの内部に眠っていた真の怪物が覚醒する。そこで鳴らされたのは、耳を塞ぎたくなるような過密な爆音ではなく、聴き手の腰の奥深くを直接揺さぶる、冷徹で濃密な「漆黒のファンクネス」であった。

レッチリというジャンルだろ疑惑:既存の枠組みを拒絶する固有生態系

80年代末から90年代初頭にかけて、音楽メディアは彼らを都合よく整理するために「ミクスチャー・ロック」や「ファンク・メタル」「ラップ・ロック」といったラベルを盛んに貼り付けようとした。白人がラップをし、ファンキーなスラップベースを弾き、ディストーションの効いたギターを鳴らす。そのフォーマットだけを見れば、確かにそれらのジャンルの先駆者に見えたかもしれない。

しかし、その後に登場した無数のフォロワーたちとレッチリを聴き比べたとき、ひとつの決定的な違和感に突き当たる。誰もレッチリの代わりになれず、誰も彼らと同じ音を鳴らせていないのだ。

これは、Nirvanaが「グランジ」という地域的なムーヴメントの枠に収まりきらず、結果として「Nirvanaという単一のジャンル」でしかなかった現象と完全に一致する。レッチリが鳴らしていたのは、既存のジャンルを机の上で切り貼りしたキメラではない。

ジェームス・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンが確立したブラック・ミュージックのポリリズム、LAの荒涼とした空気が生んだハードコア・パンクの破壊衝動、ストリートの言語感覚をそのまま叩き込むヒップホップのライム、そしてジミ・ヘンドリックスが極めたサイケデリック・ロックの浮遊感。これらが4人の特異な肉体を通して煮詰められ、もはや「レッチリ」としか呼びようのないひとつの巨大な生命体として受肉していたのである。

アンソニー・キーディスの語りと歌の境界を自在に往来するボーカル、フリーの骨格を揺さぶるアグレッシブなベース、チャド・スミスの重戦車のように正確無比なドラム、そしてジョン・フルシアンテの繊細にして狂気的なギター。この4つの極性が組み合わさった瞬間、ジャンル分けという批評行為そのものが意味を失ってしまう。彼らは最初から、世界のどこにも存在しなかった独立した音楽生態系そのものであった。

音を詰め込むのではなく削る発想:フリーのスラップとジョンのカッティング

『Blood Sugar Sex Magik』がロック史に燦然と輝く金字塔となった最大の工学的要因は、徹底的な「音の引き算の美学」にある。

初期のレッチリは、若さと薬物の衝動に任せて、すべてのトラックに音をこれでもかと過密に敷き詰める傾向があった。しかし、リック・ルービンはメンバー全員をいわく付きの幽霊屋敷(ザ・マンション)に隔離・合宿させ、不要なスタジオギミック、エフェクターの歪み、過剰なオーバーダビングをことごとく剥ぎ取らせた。スタジオの反響と生々しい楽器の音だけが残された空間で、彼らは「音と音のあいだに存在する静寂(スペース)」を鳴らす方法を会得したのである。

この引き算の極致を象徴しているのが、フリーのベースとジョン・フルシアンテのギターによる奇跡的なインタープレイだ。

初期のフリーは、ベースソロのように目まぐるしくマシンガンスラップを連打し、テクニックを前面に押し出すスタイルであった。しかし本作において、彼は音数を極限まで減らした。代表曲「Give It Away」や表題曲を聴けばわかるように、スラップを打つ回数そのものは極めて厳選されており、その代わりに1音1音の重低音の粘りとアタック、そして「音を切った瞬間に訪れる真空地帯」が信じられないほどの推進力を生み出している。

そして、そのベースが残した広大な余白に滑り込んでくるのが、当時まだ20歳そこそこだったジョン・フルシアンテのギターである。ジョンはアンプの歪み(ディストーション)に逃げることを完全に拒否し、ヴィンテージのストラトキャスターが持つ枯れたクリーントーンで、驚くほどストイックな16ビートのカッティングを刻み込んだ。

「If You Have to Ask」や「Mellowship Slinky in B Major」で見せるジョンのプレイは、派手な速弾きとは無縁だ。フリーのベースがうねる瞬間には最小限のコードワークで支え、ベースがルートをキープした瞬間にだけ、鋭利な刃物のようなオブリガートをサッと差し込む。この引き算によって生まれた「風通しの良い隙間」があるからこそ、チャド・スミスの巨大なキックとスネアが重爆撃のように抜け、アンソニーの言葉が生々しく耳へと届く。音で空間を埋め尽くすのではなく、音を削ぎ落として空間そのものをグルーヴさせる。彼らはこのアルバムで、白人ロックバンドとして初めて「ブラック・ファンクの真髄」を完璧に掌握したのである。

ジョジョ作者が愛した強烈な造形美:スタンド名へと昇華された剥き出しの生体エネルギー

この時期のレッチリが放っていた、狂気と機能美が同居するアグレッシブな佇まいは、太平洋を越えて日本のポップカルチャーの最高峰にも決定的な影響を与えた。荒木飛呂彦氏が手掛ける傑作漫画『ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない』において、物語中盤の最強の敵として君臨したスタンドに「レッド・ホット・チリ・ペッパー」の名が冠されたのは、カルチャー史における幸福な邂逅のひとつである。

荒木氏が描いたそのスタンドは、街中の電力を吸い上げて巨大化し、光速で空間を移動しながら、自らエレキギターをかき鳴らすという異様な存在感を放っていた。これは単なる名前の引用にとどまらない。アンソニーとフリーがステージ上で見せる、血管が浮き出るほどの筋肉の躍動、過剰なまでに放出される剥き出しの生体エネルギー、そして鋭利に研ぎ澄まされたストリートの狂気そのものを、視覚的なアートへと見事に翻訳したキャラクター像であった。

80年代ハードロックが引きずっていた野暮ったいマッチョイズムを一蹴し、タトゥー、スケートボード、グラフィティ、現代アートの文脈を自然体で身に纏いながら、肉体のバネだけでスタジアムを揺らす。その洗練された野生の美学があったからこそ、レッチリは純粋な音楽リスナーの枠を軽々と飛び越え、異分野の鋭敏なトップクリエイターをも熱狂させる絶対的なアイコンとなり得たのだ。

波乱のメンバー交代劇を越えて:いまなお「レッチリ」であり続ける強靭な屋台骨

ロックバンドの歴史とは、メンバー間のエゴの衝突と空中分解の歴史でもある。特にレッチリの歩みは、いつバンドが完全に消滅してもおかしくない悲劇と混乱の連続であった。

バンド創設者であり精神的支柱だった初代ギタリスト、ヒレル・スロヴァクのオーバードーズによる急死。その穴を埋め、『Blood Sugar Sex Magik』で世界的な成功を掴んだ直後、あまりの巨大な狂乱に耐え切れず日本ツアー中に突如帰国してしまったジョン・フルシアンテの最初の脱退。ジェーンズ・アディクションのデイヴ・ナヴァロを迎えてダークなサイケデリアを模索した混迷期。薬物地獄から生還したジョンが奇跡の復帰を果たし、『Californication』や『By the Way』でメロディックな黄金期を築き上げたかと思えば、2009年に再びの脱退。その後を継いだ若きジョシュ・クリングホッファーによる10年間の献身的な支えと、2019年のジョンの二度目の電撃復帰。

普通のバンドであれば、バンドの音楽性を決定づけるギタリストがこれほど目まぐるしく入れ替われば、アイデンティティは崩壊し、単なる懐メロ再生装置へと成り果てていたはずだ。しかし、彼らはどんな激震の只中にあっても、常に「間違いなくレッチリの音」を鳴らし続けてきた。

なぜ彼らはメンバー交代の嵐を乗り越え、いまなおレッチリであり続けられるのか。その理由は極めて明確だ。アンソニー・キーディスとフリーという、高校時代からあらゆる苦楽を共にしてきた不滅のツインエンジンが存在し、そこにチャド・スミスという鉄壁のグルーヴを叩き出す怪物が合流して以来、バンドの「骨格」が1ミリも揺らいでいないからである。

アンソニーの独特のフロウと、フリーのベースがチャドのビートと絡み合った瞬間、その場の空気は強制的にレッチリの磁場へと塗り替えられる。ギタリストの個性が変われば、サウンドの肌触りや上モノの質感は変わる。だが、肉体の深部を動かす土台の骨太さだけは、半世紀近くにわたって完全に不変のまま維持されているのだ。

還暦を越えた今なお、彼らはライブの冒頭でフリーとチャドによる獰猛なベース&ドラムジャムを繰り広げ、上半身裸のまま少年のように飛び跳ね、ステージ上で汗まみれのファンクを叩きつけている。一時の流行に迎合することもなく、老境の落ち着きに逃げ込むこともなく、ただひたすらに引き算された強靭なアンサンブルと自らの肉体を信じ抜くこと。そのブレないタフネスこそが、四半世紀を超えて世界中のアリーナを揺らし続ける「Red Hot Chili Peppersという唯一無二のジャンル」が持つ、最大の説得力なのである。

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