バブル前夜の狂騒に浮かれ、整然としたシンセポップや耳触りの良いシティポップがチャートを埋め尽くしていた1980年代半ば。管理教育と画一化されたレールに息が詰まりそうになっていた日本の若者たちの脳天に、文字通り「ドブネズミの爆弾」を投げ込んだ4人組がいた。THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)だ。
甲本ヒロトの白目を剥いた奇行と痙攣のようなダンス、真島昌利(マーシー)の骨太なギブソン・レスポール、そして誰の耳にも届くあまりにシンプルで純度の高すぎる言葉。
彼らの音楽は、緻密なコード理論や職人的なスタジオワークの文脈で語る類のものではない。むしろ工学的な美しさを拒絶した先にある「粗削りな魂の衝動」そのものだった。
セックス・ピストルズからRCサクセションへと受け継がれた反逆のDNA、そして忌野清志郎の死に際して彼らが示した最高のロックンロールな敬意まで、ブルーハーツという暴風雨の正体を解剖してやる。
下北沢の地下から爆発した「4人のドブネズミ」
1985年、元コーツの甲本ヒロト(Vo)と元ブレイカーズの真島昌利(Gt)が出会い、河口純之助(Ba)、梶原徹也(Dr)が加わって結成されたTHE BLUE HEARTS。
新宿ロフトや下北沢屋根裏といったライブハウスを拠点に活動を始めると、その熱狂は瞬く間に口コミで燃え広がった。1987年、シングル『リンダ リンダ』、そして名盤と名高い1stアルバム『THE BLUE HEARTS』でメジャーデビューを果たすや否や、シーンの構造そのものを塗り替えてしまう。
革ジャンにスニーカー、無駄な装飾を一切削ぎ落とした4人がアンプ直結で放つ音は、流行のデジタルサウンドに毒されていた耳に、冷水を浴びせかけるような衝撃を与えた。
セックス・ピストルズとRCサクセションの血脈
ブルーハーツが鳴らしたビートの根底には、まぎれもなく英米のオリジナル・パンクと、日本のロックの始祖たちが切り拓いた血統が流れていた。
1977年にロンドンで既存の退屈な社会を叩き壊した「セックス・ピストルズ」の獰猛なアティテュード。3コードで世界を敵に回し、「No Future」と叫んだあのパンクの精神性。そして国内において、日本語を過激で美しく、ソウルフルなロックンロールへと昇華させた「RCサクセション」と忌野清志郎の佇まいだ。
ヒロトとマーシーは、先人たちが火をつけた「怒り」と「孤独」をただ模倣するのではなく、思春期の誰もが抱える「やり場のない焦燥感」と「優しさ」へと濾過して提示した。
「生まれたからには生きてやる」「ドブネズミみたいに美しくなりたい」。政治的なスローガンを振りかざすのではなく、最も小さく、最も無力な個人の痛みに寄り添う言葉を3コードに乗せて叫ぶ。それこそが、ピストルズの攻撃性とRCサクセションの愛を受け継いだ、彼らなりの王道パンクロックの解答だった。
師・忌野清志郎が逝った日:涙を拭い、音を鳴らすのがロックンロールだ
ブルーハーツの、そしてヒロトとマーシーの背骨にどれほど深く忌野清志郎が刻み込まれていたかを物語る強烈なエピソードがある。2009年5月、清志郎がこの世を去った時のことだ。
青山葬儀所で行われたロック葬「忌野清志郎 A GOGO」。多くの関係者が涙に暮れ、湿っぽい追悼の言葉を並べる中、クロマニヨンズとして活動していた甲本ヒロトの弔辞は、まさにロックンロールそのものだった。
黒いスーツに身を包み、マイクの前に立ったヒロトは、震える声を絞り出しながらこう言い放った。
「清志郎、あなたとの思い出に、ろくなものはございません。……ありがとう、清志郎。ずっとずっと、僕のロックンロールの先生でした」
泣き腫らした顔で悲劇のヒロインになるのではなく、悪ガキが生意気に大好きな先輩の背中に悪態をつき、最後に深々と頭を下げるような、不器用で真っ直ぐな言葉。湿っぽいお涙頂戴を嫌い、最後までロックミュージシャンとしての誇りを貫き通したその姿に、俺様は画面越しに拳を握り締め、震えるほど胸を打たれた。死すらもロックンロールのビートで送り出す。これ以上の追悼がどこにあるというのか。
演奏の巧拙を無力化する「剥き出しの初期衝動」
クラシックの素養を持つミュージシャンや、ジャズフュージョンのスタジオミュージシャンから見れば、初期ブルーハーツの演奏技術はお世辞にも「巧い」とは言えない。
ピッキングは荒く、ギターソロは指がもつれんばかりにシンプルで、リズム隊のビートも細かいニュアンスより力任せの疾走感が勝っている。だが、そんな工学的な「粗」を指摘すること自体が、彼らの前では無意味なナンセンスと化す。
彼らの音楽の凄みは、「音程が正確か」「タイム感が完璧か」などという評価軸を、ステージから放たれる圧倒的な熱量と切迫感で力づくでねじ伏せてしまうところにある。
「今、ここでこの歌を歌わなければ、俺は死んでしまうかもしれない」という切実な生存本能。コードの押さえ方が少しくらい狂っていようが、声が裏返って破裂しようが、そんなものはすべて「魂のノイズ」としてプラスのエネルギーに変換される。小手先のテクニックで武装した凡百のバンドが束になっても敵わない強度が、そこにはあった。
予定調和の時代にこそ突き刺さる、あの日の青空
現代の音楽は、打ち込みやピッチ補正によって極限まで「無菌化」され、安全で綺麗なパッケージとして消費されている。それはそれで工学的な進化ではあるが、時に息が詰まるほど窮屈でもある。
バツイチになり、社会のレールから一度外れ、現場で冷徹なロジックと向き合い続ける俺様の心に、今なおブルーハーツの歌が鋭利な刃物のように突き刺さるのはなぜか。
それは彼らの音楽が、世間体や体裁でガチガチに固まった大人たちの欺瞞を剥ぎ取り、「お前自身の魂は、まだ燃えているのか?」と容赦なく胸ぐらを掴んでくるからだ。
決して上手くはない。だが、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも純粋だったあの4人の初期衝動。その不器用な爆発力は、令和の時代になろうと、生きづらさを抱えるすべての人間にとっての、永遠の脱出口であり続けている。

