真夏の茹だるような暑さの中、IT企業のオフィスやコワーキングスペース、果ては渋谷や六本木のカフェを見渡すと、思わず目を疑う光景に出くわすことがある。猛烈な直射日光が照りつけているにもかかわらず、上から下まで漆黒、それもヨレた黒の無地Tシャツ一枚で闊歩しているプログラマやエンジニアたちの姿だ。
もちろん、すべてのプログラマがそうだとは言わない。TPOを弁えて涼しげな身なりをしている人間も大勢いる。だが、IT業界やクリエイター界隈には、一定数「スティーブ・ジョブズを真似て黒Tシャツを着ている痛々しいアホ」が生息しているのも紛れもない現実である。
彼らに「なぜ夏でも黒Tシャツなのか」と問えば、十中八九、したり顔でこう返してくるはずだ。「スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグと同じですよ。日々の『服を選ぶ』という決断エネルギーを節約し、脳のメモリをすべてクリエイティブな開発業務に集中させるためです」――。
出た、「選択肢の最小化」という名の免罪符だ。本人は世界を変える天才IT起業家の哲学をトレースし、極めてストイックで合理的な男を演じているつもりなのだろう。だが、現場で泥臭くコードを書いてきたおっさんエンジニアから言わせてもらえば、それはクリエイティビティの追求などではなく、身だしなみを整える労力を放棄しただけの「単なる怠惰」に過ぎない。
鏡を見ろと言いたい――体型と黒Tシャツの残酷なミスマッチ
格好から入ること自体を、俺様は全否定するつもりはない。形から入ることでモチベーションが上がり、仕事に身が入るという心理的効果は確かに存在するだろう。
だが、ジョブズのスタイルを真似る連中が致命的に見落としているのは、「自分の体型を客観視できているか」という残酷な現実だ。ジョブズがあのイッセイ・ミヤケの黒タートルネックとリーバイス501でサマになっていたのは、長身でシャープな骨格と、彼自身の放つ狂気的なカリスマ性があってこそである。
それに対し、エアコンの効いた部屋でエナジードリンクと夜食のカップ麺を流し込み、運動不足でぽっこり出たビール腹、猫背で巻き肩のエンジニアが、薄手の黒Tシャツを着たらどうなるか。結果は火を見るより明らかだ。腹の肉の段差が黒い布地越しに浮き彫りになり、胸元のシルエットは崩れ、夏場の湿気で汗を吸った黒Tシャツは生々しい重苦しさを周囲に撒き散らす。本人は「知的でミニマルなクリエイター」を気取っているのかもしれないが、周囲から見ればただの「清潔感のない残念なおっさん」でしかない。
自分の骨格や現在の体型、加齢による変化を一切無視して、記号としての「黒T」に逃げ込むのは、エンジニアが得意とするはずの現状分析とデバッグを、自身の肉体に対して完全に怠っている証拠である。
格好から入るならTPOと己を見ろ――ビジネスカジュアルの最低条件
エンジニアが私服で勤務できる自由な文化は素晴らしいものだ。スーツにネクタイで首を絞められながら作業する息苦しさに比べれば、はるかに開発効率は高い。
しかし、「自由」と「無秩序」は別物である。私服勤務が許されているからといって、どんな格好でも許されるわけではない。ビジネスカジュアルを選ぶ上で絶対に外してはならないのは、「自分の体型」と「仕事先の環境・状態」を冷静に見極めるバランス感覚だ。
客先常駐の現場や、クライアントとの打ち合わせ、あるいは他部署の非IT職の人間と顔を合わせる場において、だらしなく伸びた黒Tシャツで現れる人間がどう見られるか。技術力が高ければどんな身なりでも許される、というのは学生やごく一部の天才ハッカーの幻想であり、組織で働く社会人としては「この人に重要なシステムやビジネスを任せて大丈夫だろうか」という対人信用を無意識に損ねているのだ。
服を選ぶ決断を減らすのは大いに結構だが、その結果として他人に与える不快感や信用の低下というコストを支払っているのでは、トータルで見れば極めてコスパの悪い選択をしていることに気づくべきである。
俺様が辿り着いた仕事着――「白ワイシャツ+ジーパン」という現実解
では、服を選ぶ労力を最小化しつつ、清潔感を担保し、ビジネスの場でも角を立てないための正解はどこにあるのか。
試行錯誤を重ねてきた俺様自身が現在実践している仕事着のスタイルは、極めてシンプルだ。「無地の白ワイシャツ(ボタンダウン)」に「清潔感のある濃紺のジーパン(デニム)」である。
なぜこの組み合わせに行き着いたのか。理由は実に明快で、「誰に対しても当たり障りがなく、圧倒的にコスパが良いから」だ。
まず白ワイシャツには、「襟(カラー)」がついている。これが決定的な差を生む。Tシャツと違って襟があるだけで、人間は無条件で「きちんとした身だしなみ」をしているように錯覚される。急な来客やクライアントとのオンライン会議が入ろうが、上着を羽織る必要すらなくそのまま対応できる。周囲に威圧感を与えることもなく、清潔感という社会人としての最低限のデバッグをノーコストでパスできるのだ。
さらに、白シャツは体型の崩れを巧みに覆い隠してくれる。薄手のTシャツのように腹や胸のシルエットを露骨に拾わず、適度なハリのある生地がだらしない肉感を補正してくれる。
そして経済合理性も抜群だ。ユニクロや量販店でノンアイロンの白ワイシャツを数枚買い揃え、同じジーパンとローテーションするだけでいい。洗濯機から出して干せばアイロンがけの工数もゼロ。朝起きて「今日何を着るか」と悩む脳のメモリを1ビットも消費することなく、1着数千円の投資で「無難で清潔な戦闘服」が自動的に完成する。これこそが、真の意味で「選択肢を最小化」した大人のエンジニアの最適解である。
仲の良い友人に「辛口意見」をもらえ――独りよがりのダサさを脱出せよ
ここまで読んでもなお、「いや、自分は黒Tシャツが一番似合っているし合理的だ」と言い張るプログラマがいるかもしれない。
そうした人間に俺様が強く勧めたいのは、「気心の知れた仲の良い友人に、自分の普段の服装について遠慮のない辛口意見をもらうこと」だ。
職場の同僚や後輩は、あなたの黒Tシャツ姿がどれだけ暑苦しく、どれだけ似合っていなくても、波風を立てたくないから絶対に「ダサいですよ」「暑苦しいですよ」とは言ってくれない。「エンジニアらしくて個性的ですね」などという毒にも薬にもならないお世辞を真に受けて、勘違いをこじらせていくのが一番悲惨だ。
本当に自分のためを思ってくれる気心の知れた友人や、率直に物を言ってくれるパートナーに聞いてみるがいい。「俺、この夏場の黒Tシャツ姿、端から見てどう思う?」と。
おそらく返ってくるのは、「正直、ジョブズ気取りに見えて痛々しい」「腹の形が丸見えでみっともない」「真夏に見ると暑苦しくて視覚的暴力だ」といった、耳を塞ぎたくなるような辛辣な本音のはずだ。
その辛口のフィードバックこそが、独りよがりな思い込みのバグを修正する唯一のデバッグコードである。他人の目というコンパイラを通して初めて、自分の身だしなみのエラーに気づくことができるのだ。
ジョブズを気取って黒Tシャツを着るのを今すぐやめろとは言わない。だが、それが本当に「クリエイティビティのための合理化」なのか、それとも己の体型や周囲の視線から逃げているだけの「怠惰」なのかは、一度冷静に胸に手を当てて考えてみるべきだ。襟付きの白シャツをピシッと羽織り、清潔感という最低限のインターフェースを整えて涼しい顔でキーボードを叩く。それこそが、現場で本当に仕事ができる大人の男の姿なのである。

